英語力ゼロからガラスを勉強するためにアメリカ留学を決意

2011年8月30日
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趣味で習っていたガラスを勉強するためにアメリカへ留学

趣味で習っていたガラスをもっと勉強したいと思いどこで習うのがいいかと先生に尋ねたらなんと、アメリカの学校を紹介されもともと海外に興味のあった私はあまり英語は話せませんでしたが技術を学ぶのだしなんとかなるだろう!と思い2005年にニュージャージー州ミルヴィルにあるウィートンアートビレッジに留学しました。
なぜアメリカでガラスを勉強?イタリアの方が有名だし伝統もあるじゃない?と思われるかもしれませんが実は現代アートの分野においてガラスの教育機関はアメリカが一番で、またアメリカでは大変ガラスのアートやオブジェが大変好かれていて需要が大きいのです。
ウィートンでは技術優秀者には奨学金で授業料をはじめ生活費まで支給されるのですがガラス初心者の自費留学生の私には縁がなくもうアーティストとして活動されていた人たちが(国を問わず)それを受け取っていました。
さて、初めてアメリカの地を踏んだ私を待っていたのは普通の美術学校ではなく、トロッコ列車まで走っている広大なアートの村でした。大きな池があり、リスやガチョウが住んでいるそこは世界中から一流のガラスアーティストが集い、19世紀初頭の様式の建物が並びまるで時代劇のセットの中に住んでいるようでした。
ガラスと陶芸の工房がありここで学びつつ観光客が来るシーズンはアシスタントをすると寮費と授業料が一部タダになったりと学ぶ上でうれしい制度もありました。
America - First Album
America – First Album / Piano Piano!

娯楽がない生活でしたがそれさえも楽しいと思える3年間

実際クラスが始まると、世界中から人間が来ているためかなりブロークンな英語で皆が話しており縮せずに安心してはいっていくことができました。しかし単なるガラスの技術を学ぶ学校ではなくアーティストを養成する場所であったようでアカデミックな内容からコンセプト批評ととにかく「こう思った感じた」というのをドンドン話さないと授業から落第させらてしまうので必死で習得しました。
それこそ最初はこの部分はきたない、ここは美しいぐらいで伝えてましたが、ここでの討論の経験がのちの職につながるとは思ってもいませんでした。が、知らないうちに物を表現する事が特化されたようで広報の仕事を得るときに大変役に立ちました。
卒業制作で作品を展示した時使用していたガラスが何枚か割れていて締切まで時間がなかったので真っ青になりながらがら小売店をまわりました。ようやく見つかり、安堵もあり半泣きの顔で経緯を話すと「アーティストからは金なんてもらえないガラスなら腐るほどあるからもっていけ」というのです。
そんな訳にはいかない、どうぞお金を受け取ってくださいといったらこれがアメリカさと受け取ってくれません。この出来事は私の頭から離れることがないでしょう。今でも彼ら家族とは仲良く文通しています。
休日は3時間もかかるショッピングセンターへドライブに行くぐらいしか娯楽がない生活でしたがそれさえも楽しいと思える3年間でした。今はバーナーワークでトンボ玉のアクセサリー作りと広報の2足の草鞋をはいています。

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