英語を学ぶべし!素敵な転機を与えてくれた女の子の言葉

2011年9月12日
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英語が話せてよかったこと

アメリカのオレゴン州で、3か月ほど教壇に立った。文部省(現文部科学省)から派遣されてのことであった。渡米前の時期を使い、英会話学校へ。結果的に通訳技能検定3級(当時)を取得した。現地では、中学校・高等学校で主に日本の地理や文化を教えたが、当初の反応は散々であった。
日本にいると、「外国から先生がやって来ること」は、異文化との接触を予感させる期待に富んだイメージがあるが、アメリカはもともと多様な人種と民族が混在する国なので、「日本」と言われても「それがどうしたの?」となってしまう。
異質なものとの接触が物珍しくない国なのだ。授業中は、歩き回る生徒あり、彼氏に編み物を編む生徒あり、日本から勇んで持参した教材は、ほとんど役には立たなかった。それでも、一生懸命、英語で語り続けた。
もちろん、テレビドラマではない。一向に生徒たちとの溝は埋まらなかった。そんなある日、落ち込む私に、ある女子生徒が語りかけてきた。「あなたは日本の文化が良いと思っている。それは日本人として当然なのかもしれないけど、みんなはあなたが日本の自慢をしていると感じている。
それに、この学校があるのは、田舎。一生のうちに日本へ行く人なんてまずいない。みんなこの町で生まれ、育ち、そして働き老いていく。もっとわたしたちの身近な具体的な話題と結び付いた日本を紹介してくれなければ、みんなの気持ちは変わらないと思う」と。わたしは嬉しかった。彼女は、わたしのためにアドバイスをしてくれたのだ。
A Teacher Talks to His Students in a Classroom at Cathedral High School in New Ulm, Minnesota...
A Teacher Talks to His Students in a Classroom at Cathedral High School in New Ulm, Minnesota… / The U.S. National Archives

素直に助言に感謝を述べると、「だって、あなたは一生懸命に英語で語りかけてくれているもの。それはわたしたちに歩み寄ろうとしてくれていることだと思うから」と答えてくれた。その後、わたしは教材を一新させることにした。日本の学校で撮影しておいたスライドを授業で扱うことにしたのだ。
すると、生徒たちの姿勢が変化した。「おい、みんな同じ服を着ているぞ(制服のこと)」「なんで体育祭の巨大なマスコットを運んでいるのが、男子生徒ばかりなのか(性役割に対する考え方の違い)」「生徒が教室にぎゅうぎゅう詰めになっているぞ(当時の日本は40人学級が普通。現地校は20人程度)」などなど興味関心が湧き起こったのだ。
その後、「なぜアメリカではコカコーラよりペプシコーラの方が売れているのか」とか「マクドナルドハンバーガーよりもバーガーキングが評価される所以」など、日本とアメリカの考え方の違いを、生徒たちの目線で議論する授業などが行えた。
肩肘ばった当初の日本文化の授業が、いかに彼らのニーズと掛け離れていたか。自分は痛感させられたのであった。わたしに素敵な転機を与えてくれた女子生徒の言葉。
彼女の善意を引き出す上で、一生懸命、英語で話した(授業をした)ことは大きな一助になっていると思う。もし、しっかり英語を学ばず、いい加減な英語で話していたら、きっと彼女のアドバイスはなかったはずだ。懸命に英語を学び、英語を話せたことが、心より良かったと感じた思い出である。

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