英会話が出来る様になりかわいい外国人の彼女をゲット!

2011年7月20日
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英語が話せて良かったこと

私は学生時代に貿易会社のアルバイトをしていました。その貿易会社は、横浜、東京、神戸などに入港する船の日本での食料品(船員のための)の積み込みなども行っていました。また、LPGタンカーなどが入港したときに船室の内装なども行っていました。
時々、内装のアルバイトもしました。川崎の東京電力へのLPGの供給17時間ほどの間で船室の内装を行います。大体、夕方に入港して翌朝出航です。 どうしても夜は船で泊まることになります。
船の中ではコックが食事を作ってくれます。またタンカーといえども必ず30畳くらいのレジャールームがあります。そこで夜早めに仕事が終われば船員などとビールを飲んで団欒することになります。
couple on seine
couple on seine / zoetnet

船員は船長、機関士などの北欧、英国、ギリシャ人から甲板員のイラン人、フィリピン人など様々な人種がいますが会話は全て英語です。特にオーストラリアからのLPG船は全てオーストラリア人なんですが、(オーストラリア船には女性もいます。)とてもフレンドリーです。
当時はブロークンな英語でしたが気さくな船員が多くゲームをしたりして会話が弾むために”なかなか通じる”と自慢でした。私は理工系なので英語は当時はあまり力を入れて勉強はしていませんでした。
この時から外国人と英語で喋ることに引け目はなくなりました。時々、駅などで道がわからず困ってる外国人にも目が合うと、よく話しかけられる事が多いので、多分”コイツ英語が話せる?”と勘違いをされていたのかもわかりません。
しかし社会人(コンピュータソフトウェア開発)になって数年経って米国の会社とアプリを開発することになりました。彼らがやってきて打ち合わせを始めました。
最初のうちは通訳もおり、仕事内容も企画レベルであったのでなんとか乗り切れたのですが、彼らが帰国してから電話でのやり取りになって、もう全然わからなくなりました。
しかもソフトの技術関係の打ち合わせも詳細になるために通訳もあまり役に立ちません。この仕事は先輩がなんとか助けてくれ乗り切れました。しかし自分の稚拙な英語力を痛感しました。
そこで一念発起して知り合いに頼み、日本在住のアメリカ人女性を紹介してもらい家庭教師として1年ほどお付き合いをしていただきました。そしてリーディングは時事英語と技術英語参考書などを買い勉強しました。
そして2年ほどたち仕事で香港に行くことになりました。この頃には英会話はかなり身についていましたので、まだ当時は英国領であった香港で仕事だけでなくレジャーも満喫できました。
言葉が通じるという安心感は、いろんな問題を自分で対処していけるという自信につながります。あまり日本人が行けない島にもビクトリアピークに住む英国人に船で連れて行ってもらいました。
また、当時直接行くのは難しかった中国にも香港サイドの社員と一週間ほど一緒に旅行が出来ました。これも英語での意思疎通が出来てお互いをわかりあえていた安心があったからだと思います。
とかくブロークン英会話の頃は相手の言っていることがわからなくても何度も聞き返すのが面倒になり、ある程度わからなくても良しとしていました。しかしこれは人間関係を築く上では重大な問題があることが段々とわかってきてはいました。
この香港での駐在と後のアメリカでの2年間の駐在で英会話については自信がつきました。そして今は、インターネット全盛の時代ですのでスカイプを使用して仕事だけでなく趣味でもソフトウェアアプリを共同で開発したりもしております。
ソフトアプリの考え方には日本人にはない発想も得られとても刺激になります。でも何より英会話が出来るようになって一番良かったことは、カナダ人の彼女が出来たことでした。

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